本日の1冊 烏有此譚

烏有此譚

烏有此譚

 灰に埋め尽くされて穴になった男。
 不条理文学と形容するのも気後れしてしまう、漫然と「知」に埋め尽くされた圧倒的な文章にクラクラしてしまう。
 魅力的なのはやはり本文と同規模の文字数を誇る注釈でありましょう。
 本文を離れて独走していく注釈には、知性に溢れたユーモアが散りばめられている。
 気が付けば注釈を展開するために本文があるかのような錯覚に陥り、しかしやはり注釈によって不条理な本文を読み解く鍵が現れる(ような気がする)。
 注釈と本文の逆転関係のみならず、部屋の中で戯れ言が延々と繰り返される本文そのものも裏返りの連続でありますが、そこで概念化される超然とした思考が素晴らしい。
 そう、純文学を擬態したこいつはやはりSF小説なのだ。
 特に胸を打たれたのは、電車に立ち並ぶ「僕たち」について綴った一文。

 僕たちは知性によって接触を避け、本能によって等距離をとる。